パテック フィリップ Ref.2497の希少モデルを購入できるかどうか、気にせず眺めてもらってもいい。

パテック初のセンターセコンド・パーペチュアルカレンダーをこれほどまでに際立たせている細かいディテールを徹底的に紹介した。製造番号やデザインの詳細について疑問をお持ちの読者は、これで答えが得られたのではないだろうか。しかし率直に言って、それだけではつまらない。いつものことだが、楽しいのは信じられないほどレアなものとの邂逅である。

後編では、(おそらくこのような時計を買うことはない)私のような人間が本当に楽しめるもの、つまり最も希少な類の個体をつぶさに取り上げていきたい。これはヴィンテージ・フェラーリのディーラーでウィンドウショッピングをするようなものである。純粋な憧憬でもあり、同じくらい満足できるものだ。いつか、この時計を手首に巻いたり、250 GTルッソのシートに座ったりできる日が来るかもしれない。願うのは自由である。少なくとも、その体験がいかに希有なものであるかを知るために必要な知識は本記事からすべて得られるだろう。

さらに本記事の後半では、このような希少な時計を実際に購入する幸運に恵まれた人々のための購入手引きについて、私の考えを紹介しよう。警告しておくが、腹落ち(はらおち)するのが大変なため(前編よりもさらに長文)1度に全部読もうとしないで欲しい。これは少しずつ読むのが最適な記事だ。
レア中のレアモデル
Ref.2497の素晴らしい個体は数多く存在するため、新しい個体がマーケットに登場し続けている状況にある。全部で114本製造されたうちの56本しか発見されていないため、理論上これまで公にされていないものが見つかる余地はまだある。2024年7月初め、スペインのオークションハウスでピンクゴールド(PG)の新しい個体(ムーブメント番号042)が出品され、100万ドル(日本円で約1億5000万円)を超える値がついた(あるディーラーは120万〜140万ドルだと予想していたようだが)。その理由のひとつは、ケース素材の希少性(PGのRef.2497が見つかったのはこれで10本目である)と完璧なコンディションである。だが、このリファレンスを研究する(あるいは探す)のであれば、知っておくべき注目に値する個体はひと握りである。

ブレゲ数字ダイヤル
私の心のなかには、群を抜く1本のRef.2497がある。約1年前、私は再びオークションに出品されるのを目にしたい5本のリストを作成した。それには次の理由がある。1)家を飛び出し、自分の目で確かめたいから、2)希少な時計が到達し得る価格の限界に対する私たちの理解を完全にリセットしてくれるから。これはそのリストの筆頭の時計であり、言うまでもなくその価値がある。

プラチナケースにブレゲ数字。これだけ知れば十分だろう。ムーブメント番号888,075のこの時計は、パテック フィリップの時計のなかで最も印象的(おっと、オークションハウスの常套句を使ってしまった)なもののひとつである。このリファレンスのプラチナケースは2本のみで、いずれもウェンガー社製ケースであったが、プラチナ製であるという事実だけで、ヴィシェ社製ケースのデザインに対する好みを凌駕する。実際、パテックは(私の知る限り)1980年代にRef.2499Pを発表するまで、プラチナケースのパーペチュアルカレンダーを製造することはなかった。この2本のなかで私がいちばん好きなのは、ダイヤルのハードエナメルのブレゲ数字を持ったほうに尽きる。囲みのない非常に渋いミニッツトラックも好感が持てる。スポーティさとエレガントさのバランスが絶妙で、唯一無二のパッケージだ。

この時計は、オリジナルオーナーの家族によって2008年に初めてクリスティーズに出品され、競り落とされて以来、公の場では見ることができなかった。この時の出品は凄まじく、フィリップ・スターン(Philippe Stern)氏とアルノー・テリエ(Arnaud Tellier)両氏がブリッグス・カニンガムJr.のスティール製Ref.1526を見事競り落としたのも同じ場であった。 では、Ref.2497Pの落札価格は? その場に居合わせた人なら分かると思うが、320万7400スイスフラン(当時の相場で約3億720万円)で、HODINKEEの友人であるアルフレッド・パラミコ(Alfredo Paramico)氏の手に渡った。繰り返すが、これは2008年の落札価格だ。今日ならいくらで売れるだろう? 何人かに聞いてみたところ(そのうちの何人かは、当時この時計に実際に入札していた)、全員が同じ相場観を持っていた…涼しい顔で750〜1000万ドル(日本円で約11億2800万〜15億円)と言ってのけ、果ては1200万ドル(日本円で約18億500万円)などという声もあった。16年で400万ドルも跳ね上がるのは、まさに驚愕のひと言である。700万ドルともなれば、ニュースの見出しを飾るだろう。

ダイヤモンドインデックス入りのプラチナケース
2本のプラチナ製ケースのリファレンスのうち、最初に取り上げる1本を選ぶのは困難だったが、だからといってこの個体が特別なものでないと誤解しないでほしい。ムーブメント番号888,029のこの個体は、リファレンスを完全無欠な美で体現したもので、おそらくこれまでに製作されたパーペチュアルカレンダーのなかで私が最も好きなモデルである。この時計は、非イエローゴールド(YG)のほとんどすべての金属素材と同様、ウェンガー社製ケースに収められ、ダイヤルの4分の3、つまり3時、9時、12時位置にバゲットダイヤモンドのインデックスがあしらわれている。また、ローズゴールド(RG)のリーフ針がダイヤルに遊び心を加えている。そしてブレスレットに注目して欲しい。

2本あるプラチナケースのRef.2497のうちの1本(ダイヤモンド入り)。Photo: courtesy John Goldberger

ポリッシュ仕上げされた薄いブリック型ブレスレットは、Ref.2497と一緒に販売されているほかの希少なオリジナルブレスレットと同様、おそらくゲイ・フレアー社製のものだろう。ケースにぴったりと寄り添うようにカットされ、ほぼ一体化したデザインを実現している。

この時計について語ることは、ほかにはあまりない。この時計は1997年にアンティコルムにて約75万ドル(現在では滑稽なほど安価だ)で落札されて以来、一般市場では取引されていない。この時計は個人の時計コレクターの手に渡り、あと少しで実物を見ることができるところだった。その時、私はスマートフォン内にある最近の画像を見せてもらったが、ジョン・ゴールドバーガー(John Goldberger)氏がオーナーのために撮影したプロフェッショナルな写真を共有したのは本記事が初めてとなる。

“セラシエ”とそこに潜む注意点
時として、特別な時計には複雑な歴史があり、また注意が必要なものもある。2015年、クリスティーズはRef.2497の最も目を見張るような個体のひとつを販売しようとしたが、壇上に上がる手筈が整ったほんの数分前に、所有権に関する論争のために販売から撤回された。権利問題を複雑にしているのは、この時計がかつてエチオピア皇帝、故ハイレ・セラシエ1世(Haile Selassie)の所有物だったということだ。

ムーブメント番号888,058のこの個体は、YGのウェンガー社製ケースと夜光針を備えたユニークなブラックの第1世代ダイヤルを備えている。この時計は最終的に、アルフレッド・パラミコ氏とダヴィデ・パルメジャーニ(Davide Parmegiani)氏という2人の有力ディーラーの入札合戦の末、2017年に落札され、後者が289万8000ドル(当時の相場で約3億2500万円)で勝ち取った。ブラックダイヤルとYGケースのパテックは、このブランドで最もコレクション価値が高いモデルのひとつであるため、この落札結果は当然といえよう(現在ならもっと高額となる可能性もある)。しかし、これらのブラックダイヤルには注意が必要だ。

YGケースのブラックダイヤルを持つRef.2497は、2009年のアンティコルムにいちど登場した、夜光針を備えた第2世代である。これはRef.2497のなかでもとりわけ垂涎の的となるはずだ。奇妙なことに、この個体は“アーカイブの抜粋”(そこに何が記載されていたのかは不明だが)付きで出品されたにもかかわらず売れ残ったのである。その時計を手に取ったことのあるごく少数の人たちに尋ねたが、その理由について明確な答えは得られなかった。ある信頼できる時計コレクターは、“気に入らなかった”と言った。もうひとりは、彼らの記憶ではダイヤルがリダンされたように見えたと言った。実際に見たわけではないため完全に否定するつもりはないし、出自の正しい価値のある時計である可能性もまだ残されているが、再び登場した際のマーケットの反応は気になるところだ。

フラートン
“フラートン”は、世界で最も重要なRef.2497であるという根強い意見が支持されている。これはパテック初のCal.27SC Qムーブメントで、ムーブメント番号は888,000と刻印があり、1951年に製造されたユニークケース(ケース番号は663,034)に収められている。この時計は、1953年のバーゼルフェアで発表された新作のプロトタイプであった。最終的には歴史上最も重要なコレクターのひとりであるヘンリー・グレーブス Jr.(Henry Graves Jr.)の孫であり、自身も重要な時計コレクターであるピート・フラートン(Pete Fullerton)に売却され、パテックとの深い絆の証となった。

2015年、サザビーズで初めて販売されたフラートン。

大げさな表現が多いためシンプルな言葉で説明しよう。この時計は珍しいケースデザインであり、スリーピースケースに長くカーブした、ほぼポリッシュ仕上げに近いラグが付いている。ダイヤルのアプライドインデックスは個性的で大胆、実質的に未来的な立体型フォントを採用している。この組み合わせはRef.2497ではほかに類を見ないものであり、もしあなたがこの時計を実際に目にしたら、“フラートン”だとすぐに分かるだろう。

2021年、クリスティーズで初めて販売された時のフラートン。

フラートンが所有して以来、この時計は2度落札されている。2012年にサザビーズで68万8000スイスフラン(当時の相場で約5860万円)、そして2021年にクリスティーズで150万7144スイスフラン(当時の相場で約1億8100万円)だった。これほど値が上がらなかったことに正直なところ驚いている。見方によっては、Ref.2497を完璧に表現していないからかもしれない。時計コレクターのなかには、そのリファレンスの象徴的なデザインを求める人もいるからだ。しかし2億円という金額は、どの通貨に置き換えても大金である。

シドニー・ローズ
一方、私のお気に入りのもうひとつ、“シドニー・ローズ”は読んで字の如くである。これはRGの第2世代(第1世代ダイヤル、ウェンガー社製ケース)で、夜光の入ったRGのドフィーヌ針が印象的な時計だ。若干の注釈が必要なものもあるが、すべてが公明正大である。

この時計は1954年に製造されたものの売れ残ったため、パテックは1960年代にゴールドの“ミラネーゼ”ブレスレットを追加し、オリジナルの“フィーユ”針を新しい夜光針に交換することでアップデートを図った。第2世代ダイヤルは、売れ残った個体の販売促進を目的にアップデートされたものだと考えられている理由の一例である。この時計は1960年代にオーストラリアに渡り、かの地で販売された。再び市場に出てきた際には、“シドニー・ローズ”というニックネームが与えられた。フィリップスはこの時計を2017年に74万2000スイスフラン(当時の相場で約8450万円)で販売した。

ホワイトゴールドトリオ
2497 White Gold
ジャズ・コンボの名前のように奇妙だが、ムーブメント番号888,015、888,054、888,055の3つのWG製Ref.2497を“ホワイトゴールドトリオ”と呼んでいる。いずれも第2世代(ウェンガー社製ケース、第1世代のダイヤル)である。前編では、パテックがWGをきわめて希少な存在にしていた最後のリファレンスであると述べた。そのうちの1本、友人のデイブが所有している888,054を実際に見ることができたのは幸運だったが、それだけがトップ3に入れる理由ではない。ブレスレットに注目してみよう。

正面から見ると、この時計はゲイ・フレアー社製ブレスレットによる切れ間のない完璧な列があり、その列をつなぐジョイント部分は“フィレンツェ様式”の仕上げで覆われているように見える。同じようなブレスレットを持つプラチナのモデルとは実に対照的だ。また、この時計は7.8インチ(約19.8cm)以上の手首の人に合うだろう。私が試着した際、ブレスレットは私の手首にジャラジャラと余っていた。ファクトリーブレスレットの興味深い微妙な特徴のひとつは、7時位置にある切り込みで、ブレスレットを外さなくてもムーンフェイズの修正ボタンにアクセスできるようになっていることだ。この時計はオークションで何度も落札されており、最近では2021年のフィリップスにて281万3000スイスフラン(当時の相場で約3億3780万円)で落札されている。