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時計収集の世界では、“ホーリーグレイル(聖杯)”という言葉をしばしば耳にする。

この言葉は実質的に“いつか手に入れたい憧れの時計”という意味で使われるようになったが、その“いつか”が実現する可能性は極めて低いことがほとんどだ。これまで多くのコレクターに「あなたにとっての聖杯は?」と尋ねてきたが、その答えは多岐にわたる。たとえばポール・ニューマンダイヤルを備えたロレックス デイトナや、1930年代のユニークピースのカルティエなどが挙げられる。それぞれが自分なりのグレイルリストを持っていると思うが、それを比較し、普遍的な定義に落とし込むとするならば、時計収集の世界における究極の聖杯とはスティール製のパテック フィリップ Ref.1518であることに異論はないだろう。もしこれを聖杯として認識していないコレクターがいるなら、それはこの時計の存在を知らないか、単に目標が低すぎるかのどちらかだと私は思う。

わずか281本しか製造されていないRef.1518は、マテリアルを問わずコレクターにとっての夢の存在である。この時計のケース径は35mmで、バルジューのエボーシュをパテック フィリップが改良し、仕上げを施したムーブメントを搭載している。さあ、いわゆる“基本情報”はここまでだ。1941年から1954年にかけてのカタログに掲載されたこの時計を理解するには、その時代背景を知ることが重要である。Ref.1518は世界初の量産型永久カレンダー搭載クロノグラフであり、同じカテゴリーに並ぶ時計は存在しない。もし類似のモデルを挙げるとすれば、20世紀中盤における永久カレンダー腕時計の名門であるオーデマ ピゲのものが思い浮かぶ。しかし、APが製造した同様のモデルは9本のみであり、そのどれにもクロノグラフ機能は搭載されていなかった。

最後に市場に登場したスティール製Ref.1518はケースシリアルナンバー508473(1)の個体であった。オーレル・バックス(Aurel Bacs)主導でフィリップスのオークションに出品され、時計界に衝撃を与えた。この出来事はHODINKEEでも詳細に取り上げられ、最終的な落札価格は驚異の1100万2000スイスフラン(当時の為替レートで約12億1000万円)に達した。当時この価格はオークションにおけるパテック フィリップの時計として史上2番目に高額であり、それを上回るのはヘンリー・グレーブスJr.(Henry Graves Jr.)のスーパーコンプリケーションのみであった。かくしてこのスティール製のRef.1518は、当時のオークションで最も高価なパテック フィリップの腕時計となったのである。

そして先日、モナコ・レジェンド・グループがシリアルナンバー508475(3)の個体をプライベートセールで販売すると発表した。単刀直入に言おう。その価格が知りたい? それならばとりあえず、“2000万ドル(日本円で約30億4700万円)超”という数字を挙げておく。

この価格、もしくはそれに近い金額で取引されれば、本機は史上最も高額で販売された腕時計となる。モナコ・レジェンド・グループの会長であるダヴィデ・パルメジャーニ(Davide Parmegiani)氏は、スティール製Ref.1518の扱いに精通している。価格に異議があるならば、彼に直接問い合わせるといいだろう。ただしその前に知っておくべきことがある。“ビッグ・ボス”として世界中のコレクターに親しまれる彼は、これまでに存在するスティール製Ref.1518の全4本を少なくとも一度は販売しており、この個体も過去に2度取引されていることが知られている。

ケースシリアルナンバー508475(3)は、2005年にパルメジャーニ氏が出版した書籍のために撮影された。 Image courtesy of Monaco Legend Group.

「なぜ最も重要なヴィンテージウォッチを、4月のモナコ・レジェンド・グループの次回オークションの目玉としてではなく、2月のプライベートセールで販売するのか?」と疑問に思うかもしれない。この点についてパルメジャーニ氏自身が説明し、時計販売の最高峰が考えるプロセスの一端を明かした。「私が考えるに、この価格帯に到達するのはオークションでは難しい」と彼は語る。「時計オークションでは、価格が500万、600万、800万ドルまでは上がる。オーレルのオークション(フィリップスのことを指している)でも、この価格帯の時計は見られる。しかし1000万ドルを超えると、一気に難しくなる」。彼は、この販売方法のほうが買い手にとって安心感があり、「じっくりと、どれほどこの時計を手に入れたいのか考える時間を持てる」と考えている 

販売プロセスに関する締めくくりとして、彼はこう付け加えた。「今朝から驚くほど多くのメールを受け取っている……私の考えでは、この時計が長く市場に留まることはないだろう」

スティール製パテック フィリップ Ref.1518、シリアルナンバー508475(3) の歴史
前述のとおり、パルメジャーニ氏はこの個体を過去に2度販売している。それゆえに、この時計には非常に興味深い歴史がある。スティール製Ref.1518は時計収集市場が確立された当初から、コレクターズアイテムの頂点に君臨し続けている。そのため、1980年代にその存在が確認されて以来価値は飛躍的に上昇し、所有者が次々と入れ替わる状況が続いている。

この個体は1980年代初頭に、ニューヨークの47丁目で発見されたことで広く知られている。当時の販売価格は4500ドル(当時の為替レートで約100万円)と伝えられており、しばらく店頭に並んでいたという。最終的にスイスの時計ディーラーがダイヤモンド・ディストリクトの片隅に眠っていたこの時計を発掘し、当時伝説的なコレクターであったルイジ・カルヴァジーナ(Luigi Calvasina)に売却した。パルメジャーニ氏によると、このスイスのディーラーはほとんど利益を得ずに時計を販売したという。カルヴァジーナは数年間この時計を所有し、その価値が約1万ドル(当時の為替レートで約220万円)にまで上昇したところで、高額だと感じ売却を決断した。次の買い手はミラノの時計販売店ピサ・ウォッチズのグラツィア・ピサ(Grazia Pisa)であった。この時計はミラノの店舗のショーウィンドウに飾られ、やがてイタリアの高級ファッションブランド、エトロの創業者であるジェローラモ・エトロ(Gerolamo Etro)の目に留まることとなる。

オメガは新たに37mmのシーマスターをムーンシャイン™ ゴールドで発表した。

オメガとオリンピックの関係が時計業界において最も重要であり、最も長きにわたるスポンサーシップ/パートナーシップのひとつであることは広く知られていることだろう。1年と1日後の2026年2月6日、オリンピックは2026 ミラノ・コルティナ冬季オリンピックとして再び開催される。

この時計は、1950年代から2008年に至るまでのオメガの歴代オリンピックウォッチとつながりを持つ(その詳細については後述する)。“ドッグレッグ”と呼ばれるラグや、ムーンシャイン™ ゴールドのインデックスを備えた端正なホワイトダイヤルはヴィンテージ志向に見えるかもしれないが、ケース径をわずかに大きくした37mm(厚さ11.4mm)など、21世紀の感覚に適応するための細かなアップデートが施されている。またホワイトのグラン・フー・エナメルダイヤルにゴールドのアプライドインデックスを配するなど、オリジナルからのインスピレーションも忠実に取り入れている。

この時計におけるオリンピック関連のブランディングは、ケースバックにある2026 ミラノ・コルティナ冬季オリンピックロゴのみである。近年ではシースルーバックが一般的になっているが、このクローズドケースバックはオリジナルモデルの仕様により近いものとなっている。裏蓋の下に収められているのは自動巻きムーブメントのオメガ製Cal.8807。このムーブメントは2万5200振動/時で駆動し、約55時間のパワーリザーブを備えている。またMETAS認定のマスター クロノメーターを受けており、1万5000ガウスまでの耐磁性能を誇る。

本作は限定版ではなく、信じられないほど魅力的で手に入れるために貯金を考える価値のある時計であることを考えると、大きなプラスに感じられる。価格は297万円(税込)と決して手ごろではないが、近年の金の価格を考慮すれば、緻密にデザインされた時計としては標準的な設定といえる。

我々の考え
今回の発表は非常に引きつけられる。“知る人ぞ知る”という要素があり、それこそが時計の世界を特別なものにしている。ではその知るべきこととは何か? まず“ドッグレッグ”ラグはオメガのラインナップにおいて象徴的なデザインであり、ドレッシーなシーマスターだけでなくコンステレーションラインにも採用されている。特に1952年、オメガはオリンピックの公式計時に20年間貢献した功績を称えられ、“メリットクロス(Cross of Merit、オリンピックの公式計時に20年間貢献したことを称えられて授与された賞)”を授与された。そして1956年のメルボルンオリンピックではその功績を記念し、オリンピックのブランディングと“メリットクロス”ダイヤルを備えた特別なシーマスターを発表した。

下のモデルを見ると、今回の新作のインスピレーションがどこから来ているのかがよくわかる。2008年、オメガは再び“メリットクロス”ウォッチから着想を得て、北京オリンピックのための限定モデルを発表した。オメガはオリンピックの公式計時を約100年にわたり担ってきたブランドであり、オリンピックの歴史とともに歩んできた存在である。そして、それはこれからのオリンピックの未来にもつながっていく。

私はこの立体的なラグデザインを気に入っている。ケースバンドからラグが落ち込んで再び持ち上がり、そこから幾何学的に下方向へと形作られる。この独特の構造が生み出す切れ目のようなものは、ヴィンテージクロノグラフに見られるスピルマンケースを好む理由と同じで、非常にシャープな印象を与える。またわずかにドーム状になったホワイトのグラン・フー・エナメルダイヤル、クラシカルなシーマスターロゴ、そしてグレーのプティ・フー(コールド)・エナメルで転写されたミニッツトラックで転写されたミニッツトラックが、現代的な信頼性を求める現代の着用者のためのヴィンテージスタイルの時計として、このモデルを非常に魅力的なものにしている。

それとケースプロファイルにも注目する価値があると感じた。このような幾何学的デザインは、まさに1950年代を象徴するスタイルだといえる。そして写真を見る限り、オメガはケースの細部に至るまで完璧に仕上げており、六角形のリューズにまで細心の注意が払われている。時計選びは価格帯ごとにそれぞれの好みがあるものだが、もし2万ドル(日本円で約300万円)未満の価格でエレガントなデザインを持つ現代的な時計を探しているとしたら、このモデルは間違いなく私の候補リストの上位に入るだろう。

Seamaster 37 mm Milano Cortina 2026
基本情報
ブランド: オメガ(Omega)
モデル名: シーマスター 37mm(Seamaster 37mm)
型番: 522.53.37.20.04.001

直径: 37mm
厚さ: 11.4mm
ラグからラグまで: 45mm
ラグ幅: 19mm
ケース素材: ムーンシャイン™ ゴールド
文字盤: ホワイトグラン・フー・エナメル
インデックス: ムーンシャイン™ ゴールド製アプライド
夜光: なし
防水性能: 100m
ストラップ/ブレスレット: アリゲーターレザーストラップ