パテック フィリップ Ref.2497の希少モデルを購入できるかどうか、気にせず眺めてもらってもいい。

パテック初のセンターセコンド・パーペチュアルカレンダーをこれほどまでに際立たせている細かいディテールを徹底的に紹介した。製造番号やデザインの詳細について疑問をお持ちの読者は、これで答えが得られたのではないだろうか。しかし率直に言って、それだけではつまらない。いつものことだが、楽しいのは信じられないほどレアなものとの邂逅である。

後編では、(おそらくこのような時計を買うことはない)私のような人間が本当に楽しめるもの、つまり最も希少な類の個体をつぶさに取り上げていきたい。これはヴィンテージ・フェラーリのディーラーでウィンドウショッピングをするようなものである。純粋な憧憬でもあり、同じくらい満足できるものだ。いつか、この時計を手首に巻いたり、250 GTルッソのシートに座ったりできる日が来るかもしれない。願うのは自由である。少なくとも、その体験がいかに希有なものであるかを知るために必要な知識は本記事からすべて得られるだろう。

さらに本記事の後半では、このような希少な時計を実際に購入する幸運に恵まれた人々のための購入手引きについて、私の考えを紹介しよう。警告しておくが、腹落ち(はらおち)するのが大変なため(前編よりもさらに長文)1度に全部読もうとしないで欲しい。これは少しずつ読むのが最適な記事だ。
レア中のレアモデル
Ref.2497の素晴らしい個体は数多く存在するため、新しい個体がマーケットに登場し続けている状況にある。全部で114本製造されたうちの56本しか発見されていないため、理論上これまで公にされていないものが見つかる余地はまだある。2024年7月初め、スペインのオークションハウスでピンクゴールド(PG)の新しい個体(ムーブメント番号042)が出品され、100万ドル(日本円で約1億5000万円)を超える値がついた(あるディーラーは120万〜140万ドルだと予想していたようだが)。その理由のひとつは、ケース素材の希少性(PGのRef.2497が見つかったのはこれで10本目である)と完璧なコンディションである。だが、このリファレンスを研究する(あるいは探す)のであれば、知っておくべき注目に値する個体はひと握りである。

ブレゲ数字ダイヤル
私の心のなかには、群を抜く1本のRef.2497がある。約1年前、私は再びオークションに出品されるのを目にしたい5本のリストを作成した。それには次の理由がある。1)家を飛び出し、自分の目で確かめたいから、2)希少な時計が到達し得る価格の限界に対する私たちの理解を完全にリセットしてくれるから。これはそのリストの筆頭の時計であり、言うまでもなくその価値がある。

プラチナケースにブレゲ数字。これだけ知れば十分だろう。ムーブメント番号888,075のこの時計は、パテック フィリップの時計のなかで最も印象的(おっと、オークションハウスの常套句を使ってしまった)なもののひとつである。このリファレンスのプラチナケースは2本のみで、いずれもウェンガー社製ケースであったが、プラチナ製であるという事実だけで、ヴィシェ社製ケースのデザインに対する好みを凌駕する。実際、パテックは(私の知る限り)1980年代にRef.2499Pを発表するまで、プラチナケースのパーペチュアルカレンダーを製造することはなかった。この2本のなかで私がいちばん好きなのは、ダイヤルのハードエナメルのブレゲ数字を持ったほうに尽きる。囲みのない非常に渋いミニッツトラックも好感が持てる。スポーティさとエレガントさのバランスが絶妙で、唯一無二のパッケージだ。

この時計は、オリジナルオーナーの家族によって2008年に初めてクリスティーズに出品され、競り落とされて以来、公の場では見ることができなかった。この時の出品は凄まじく、フィリップ・スターン(Philippe Stern)氏とアルノー・テリエ(Arnaud Tellier)両氏がブリッグス・カニンガムJr.のスティール製Ref.1526を見事競り落としたのも同じ場であった。 では、Ref.2497Pの落札価格は? その場に居合わせた人なら分かると思うが、320万7400スイスフラン(当時の相場で約3億720万円)で、HODINKEEの友人であるアルフレッド・パラミコ(Alfredo Paramico)氏の手に渡った。繰り返すが、これは2008年の落札価格だ。今日ならいくらで売れるだろう? 何人かに聞いてみたところ(そのうちの何人かは、当時この時計に実際に入札していた)、全員が同じ相場観を持っていた…涼しい顔で750〜1000万ドル(日本円で約11億2800万〜15億円)と言ってのけ、果ては1200万ドル(日本円で約18億500万円)などという声もあった。16年で400万ドルも跳ね上がるのは、まさに驚愕のひと言である。700万ドルともなれば、ニュースの見出しを飾るだろう。

ダイヤモンドインデックス入りのプラチナケース
2本のプラチナ製ケースのリファレンスのうち、最初に取り上げる1本を選ぶのは困難だったが、だからといってこの個体が特別なものでないと誤解しないでほしい。ムーブメント番号888,029のこの個体は、リファレンスを完全無欠な美で体現したもので、おそらくこれまでに製作されたパーペチュアルカレンダーのなかで私が最も好きなモデルである。この時計は、非イエローゴールド(YG)のほとんどすべての金属素材と同様、ウェンガー社製ケースに収められ、ダイヤルの4分の3、つまり3時、9時、12時位置にバゲットダイヤモンドのインデックスがあしらわれている。また、ローズゴールド(RG)のリーフ針がダイヤルに遊び心を加えている。そしてブレスレットに注目して欲しい。

2本あるプラチナケースのRef.2497のうちの1本(ダイヤモンド入り)。Photo: courtesy John Goldberger

ポリッシュ仕上げされた薄いブリック型ブレスレットは、Ref.2497と一緒に販売されているほかの希少なオリジナルブレスレットと同様、おそらくゲイ・フレアー社製のものだろう。ケースにぴったりと寄り添うようにカットされ、ほぼ一体化したデザインを実現している。

この時計について語ることは、ほかにはあまりない。この時計は1997年にアンティコルムにて約75万ドル(現在では滑稽なほど安価だ)で落札されて以来、一般市場では取引されていない。この時計は個人の時計コレクターの手に渡り、あと少しで実物を見ることができるところだった。その時、私はスマートフォン内にある最近の画像を見せてもらったが、ジョン・ゴールドバーガー(John Goldberger)氏がオーナーのために撮影したプロフェッショナルな写真を共有したのは本記事が初めてとなる。

“セラシエ”とそこに潜む注意点
時として、特別な時計には複雑な歴史があり、また注意が必要なものもある。2015年、クリスティーズはRef.2497の最も目を見張るような個体のひとつを販売しようとしたが、壇上に上がる手筈が整ったほんの数分前に、所有権に関する論争のために販売から撤回された。権利問題を複雑にしているのは、この時計がかつてエチオピア皇帝、故ハイレ・セラシエ1世(Haile Selassie)の所有物だったということだ。

ムーブメント番号888,058のこの個体は、YGのウェンガー社製ケースと夜光針を備えたユニークなブラックの第1世代ダイヤルを備えている。この時計は最終的に、アルフレッド・パラミコ氏とダヴィデ・パルメジャーニ(Davide Parmegiani)氏という2人の有力ディーラーの入札合戦の末、2017年に落札され、後者が289万8000ドル(当時の相場で約3億2500万円)で勝ち取った。ブラックダイヤルとYGケースのパテックは、このブランドで最もコレクション価値が高いモデルのひとつであるため、この落札結果は当然といえよう(現在ならもっと高額となる可能性もある)。しかし、これらのブラックダイヤルには注意が必要だ。

YGケースのブラックダイヤルを持つRef.2497は、2009年のアンティコルムにいちど登場した、夜光針を備えた第2世代である。これはRef.2497のなかでもとりわけ垂涎の的となるはずだ。奇妙なことに、この個体は“アーカイブの抜粋”(そこに何が記載されていたのかは不明だが)付きで出品されたにもかかわらず売れ残ったのである。その時計を手に取ったことのあるごく少数の人たちに尋ねたが、その理由について明確な答えは得られなかった。ある信頼できる時計コレクターは、“気に入らなかった”と言った。もうひとりは、彼らの記憶ではダイヤルがリダンされたように見えたと言った。実際に見たわけではないため完全に否定するつもりはないし、出自の正しい価値のある時計である可能性もまだ残されているが、再び登場した際のマーケットの反応は気になるところだ。

フラートン
“フラートン”は、世界で最も重要なRef.2497であるという根強い意見が支持されている。これはパテック初のCal.27SC Qムーブメントで、ムーブメント番号は888,000と刻印があり、1951年に製造されたユニークケース(ケース番号は663,034)に収められている。この時計は、1953年のバーゼルフェアで発表された新作のプロトタイプであった。最終的には歴史上最も重要なコレクターのひとりであるヘンリー・グレーブス Jr.(Henry Graves Jr.)の孫であり、自身も重要な時計コレクターであるピート・フラートン(Pete Fullerton)に売却され、パテックとの深い絆の証となった。

2015年、サザビーズで初めて販売されたフラートン。

大げさな表現が多いためシンプルな言葉で説明しよう。この時計は珍しいケースデザインであり、スリーピースケースに長くカーブした、ほぼポリッシュ仕上げに近いラグが付いている。ダイヤルのアプライドインデックスは個性的で大胆、実質的に未来的な立体型フォントを採用している。この組み合わせはRef.2497ではほかに類を見ないものであり、もしあなたがこの時計を実際に目にしたら、“フラートン”だとすぐに分かるだろう。

2021年、クリスティーズで初めて販売された時のフラートン。

フラートンが所有して以来、この時計は2度落札されている。2012年にサザビーズで68万8000スイスフラン(当時の相場で約5860万円)、そして2021年にクリスティーズで150万7144スイスフラン(当時の相場で約1億8100万円)だった。これほど値が上がらなかったことに正直なところ驚いている。見方によっては、Ref.2497を完璧に表現していないからかもしれない。時計コレクターのなかには、そのリファレンスの象徴的なデザインを求める人もいるからだ。しかし2億円という金額は、どの通貨に置き換えても大金である。

シドニー・ローズ
一方、私のお気に入りのもうひとつ、“シドニー・ローズ”は読んで字の如くである。これはRGの第2世代(第1世代ダイヤル、ウェンガー社製ケース)で、夜光の入ったRGのドフィーヌ針が印象的な時計だ。若干の注釈が必要なものもあるが、すべてが公明正大である。

この時計は1954年に製造されたものの売れ残ったため、パテックは1960年代にゴールドの“ミラネーゼ”ブレスレットを追加し、オリジナルの“フィーユ”針を新しい夜光針に交換することでアップデートを図った。第2世代ダイヤルは、売れ残った個体の販売促進を目的にアップデートされたものだと考えられている理由の一例である。この時計は1960年代にオーストラリアに渡り、かの地で販売された。再び市場に出てきた際には、“シドニー・ローズ”というニックネームが与えられた。フィリップスはこの時計を2017年に74万2000スイスフラン(当時の相場で約8450万円)で販売した。

ホワイトゴールドトリオ
2497 White Gold
ジャズ・コンボの名前のように奇妙だが、ムーブメント番号888,015、888,054、888,055の3つのWG製Ref.2497を“ホワイトゴールドトリオ”と呼んでいる。いずれも第2世代(ウェンガー社製ケース、第1世代のダイヤル)である。前編では、パテックがWGをきわめて希少な存在にしていた最後のリファレンスであると述べた。そのうちの1本、友人のデイブが所有している888,054を実際に見ることができたのは幸運だったが、それだけがトップ3に入れる理由ではない。ブレスレットに注目してみよう。

正面から見ると、この時計はゲイ・フレアー社製ブレスレットによる切れ間のない完璧な列があり、その列をつなぐジョイント部分は“フィレンツェ様式”の仕上げで覆われているように見える。同じようなブレスレットを持つプラチナのモデルとは実に対照的だ。また、この時計は7.8インチ(約19.8cm)以上の手首の人に合うだろう。私が試着した際、ブレスレットは私の手首にジャラジャラと余っていた。ファクトリーブレスレットの興味深い微妙な特徴のひとつは、7時位置にある切り込みで、ブレスレットを外さなくてもムーンフェイズの修正ボタンにアクセスできるようになっていることだ。この時計はオークションで何度も落札されており、最近では2021年のフィリップスにて281万3000スイスフラン(当時の相場で約3億3780万円)で落札されている。

ウニマティックから、より低価格の新しい自動巻きGMTモデルが2本登場した。

同ブランドにセリタベースのSW330-2ムーブメントが初めて導入された。それ以来、アーカイブに追加されたGMTは少数ながらもいくつかのモデルが登場している。たとえば、ETAムーブメントを搭載したチタン製のGMTや、カナダのメンズウェアリテーラーであるヘンリー・シンガーとのコラボレーションによるモデロ クワトロ、そしてもちろんフォージドカーボンケースを使用した第2弾HODINKEEエディションなどがある。これらエディションの価格は概ね1500ドル(日本円で約20万円)台以上で推移しており、フォージドカーボンケースモデルでは3000ドル(日本円で約45万円)に達するものもあった。
今年、ウニマティックは1000ドル(日本円で約15万円)以下の価格帯を強化することに注力している。7月にはクラシックシリーズと並ぶエバーグリーン製品として、4つのクォーツ“ツールウォッチ”シリーズを非限定版として発表した。その流れを受けて、先週ウニマティックは新たにふたつのモデル、モデロ ウノ GMTとモデロ クアトロ GMTをリリースした。これらは初となる日本製GMTムーブメントを搭載することで価格を大幅に引き下げたものだ。
デザイン面において、U1-GMTとU4-GMTはそれぞれモデロ ウノおよびモデロ クアトロファミリーのほかのモデルと同様の特徴を備えている。どちらもウニマティックの象徴である幅の広い40mmケース、22mmのラグ幅、両面ドーム型サファイアクリスタル、ドリルドラグ、そして300mの防水性能を備えている。今回、ウニマティックはモデロ サンクで初めて採用されたクイックリリース付きのTPUラバーストラップを改良し、新たに採用した。個人的には以前のウニマティックのラバーストラップもとても気に入っていたが、多くの人がもっと柔らかく、テーパードしたデザインを望んでいた。その希望を反映したのが今回の新バージョンである。もう少しだけ厚みが増せば、重厚感のあるケースとよりマッチするのではないかとも感じたが、それでも元のストラップに比べて明らかに快適さが向上している。
正面から見ると、モデロ ウノとモデロ クアトロ GMTのモノクロデザインが、2021年に見られたトーンを反映していることは明らかだ。ダイヤルはマットブラックで、インデックスにはスーパールミノバが塗布されており、6時位置には日付窓が設けられている。針のデザインはブランドが“ファントムラダー”と呼ぶスタイルで、先端の大部分が白く塗装されている秒針は逆ロリポップ針となっている。
これまでのいくつかのモデル同様、この2種類の時計で私が最も気に入っているディテールはくり抜かれたGMT針だ。先端にはスーパールミノバがコーティングされており、今ではこのデザインをウニマティックの象徴的な要素と捉えている。大きめのGMT針との相性もとてもいい。とくに誇張された針のデザインが気に入っており、明るく対照的な夜光コーティングが施された部分が際立つ。また中央がくり抜かれていることで、ダイヤルが常に遮られないようになっている点も素晴らしい。
モデロ ウノ GMTには120クリックの逆回転防止ベゼル(24時間表示付き)を搭載。ウニマティックのGMTベゼルも、一般的なGMTのように1時間ごとにクリックする仕様に変わればいいという声が以前から多くあり、私もその意見に賛成だ。そうすることでGMT機能がさらに実用的に感じられるだろう。ベゼルインサートはマットブラックであり、このモデルではベゼルの時刻表示に新しいフォントが採用されていると思われる。以前のGMTベゼルと比べるとこのフォントは少し力強く、やや横に広がった印象があり、全体的にほんの少し未来的なデザインを与えているようだ。
モデロ クアトロ GMTでは、ウニマティックにとって初めて固定ベゼルにマークを施したモデルである。このマークはエングレービングではなく、酸を使ったエッチングによって施されている。酸を用いたこの手法は、金属に物理的な工具を使用するのではなく酸性の溶液を使ってデザインを刻む技法である。U4-GMTのベゼルで見られるように、酸エッチングの主な利点のひとつは、溝に機械加工の跡が残らず、よりシャープでクリーンな仕上がりになる点だ。
ふたつの時計を裏返すと、裏蓋にはモデル名、各300本限定のシリアルナンバー、そして外出先でもベゼルの使い方を確認できるタイムゾーンスケールが刻まれている。
もちろん、今回注目すべき点は日本製のGMTムーブメントを搭載したことだ。これによってウニマティックはこのふたつのモデルの価格を大幅に引き下げることができた。ケース内部に搭載されているのはセイコーの自動巻きムーブメントNH34Aで、振動数は2万1600振動/時、そしてブランドのほかのGMTモデル同様に“コーラー”GMT機能を備えている。“コーラー”GMTとはローカルタイム用の時針を単独で調整できるのではなく、リューズを引き出したあとにGMT針を単独で調整できる機能を指す。ムーブメントの精度は日差-20秒から+40秒と、きわめてセイコーNHらしいスペックだが、この価格帯では十分許容範囲だろう。個人的にはセイコーNHのムーブメントを搭載した時計は体感いい結果が出ているが、精度は個体差があるだろう。
装着感はまさにウニマティックらしいものだ。ウニマティックのように厳格なデザインシステムを持つブランドの予期せぬ利点のひとつは、ひとつのモデロ クアトロを装着すればほかの同モデルもほぼ同じ装着感だと分かるため、純粋にデザインに集中できることだ。結局のところ、これらは大振りな時計なのである。私は多くのモデロ ウノとモデロ クアトロを所有していて、少し大き目の時計として楽しんでいる。しかし日本製ムーブメントを搭載したウニマティック全般に言えることだが、その厚さは確かに目立つ。スペック上では、モデロ ウノはモデロ クアトロよりも薄く、U1が12.9mmで、U4が13.7mmだ。しかし私の細い手首ではU4の固定ベゼルデザインのほうが装着感が高く、視覚的にもコンパクトに感じられる。
もしどちらかを選べと言われたら、私の心はモデロ クアトロ GMTに傾くだろう。固定されたサテン仕上げのベゼルが新鮮さを感じさせ、スティールケースとの調和はこれまでに見たことのない魅力を引き出している。モデロ ウノが675ユーロ(日本円で約11万円)、モデロ クアトロが600ユーロ(日本円で約9万5000円)という価格設定は、同じくセイコーNHムーブメントを搭載するウニマティックの“クラシック”シリーズのすぐ上に位置している。これらふたつの時計はこの価格帯において、より興味深い機能を顧客に提供するモデルなのだ。

オメガ スピードマスターを着用した宇宙飛行士たちとの歴史探訪。

我々はヒューストンのNASA本部を訪れ、宇宙飛行士のジム・ラヴェル氏と話す機会を得た。そこで彼はスピードマスターが果たした決定的な役割について証言をしてくれた。

オメガのスピードマスター プロフェッショナルが“ムーンウォッチ”として公式に認知されていることは、時計愛好家のあいだだけでなく、オメガ自身によっても広く知られ、称賛されている。数多くあるブランドと組織のパートナーシップのなかでも、オメガとNASAの関係は特に意義深く、実際に具体的な成果をもたらしてきた。スピードマスターは有人月面探査のすべてのミッションで使用されただけでなく、20世紀最大のドラマのひとつにも貢献している。アポロ13号のミッション中、発射から2日後に酸素タンクの爆発が起こった際、同ミッションの乗組員が無事地球へ帰還するために、この時計が重要な役割を果たしたのだ。こうした関係をより個人的な視点から理解するため、オメガは我々をヒューストンのNASA本部へと派遣し、ジェミニ7号、12号、アポロ8号、13号に乗ったジム・ラヴェル(Jim Lovell)氏とジェミニ6A号、9A号、アポロ10号、ASTPに乗ったトム・スタッフォード(Tom Stafford)の両宇宙飛行士に取材する機会を提供してくれた。ラヴェル氏からは彼の英雄的な行動と、アポロ13号の帰還においてスピードマスターが果たした決定的な役割について直接証言を聞くことができた。

「ヒューストン、問題発生だ」。このセリフは映画『アポロ13(原題:Apollo 13)』でトム・ハンクス(Tom Hanks)氏が演じたシーンで耳にしたことがある人も多いだろう。この有名な言葉は1970年4月14日、ジム・ラヴェル宇宙飛行士が月面まで4分の3以上の道のりに到達した地点で実際に発したものである。乗組員であるラヴェル氏、ジャック・スワイガート(Jack Swigert)氏、フレッド・ヘイズ(Fred Haise)氏らは、フラ・マウロ高地の探査を予定していた。ここで興味深い事実がある。ラヴェル氏が実際に発したのは「ヒューストン、問題発生だ」」ではなく「ヒューストン、問題が起きていた(Houston, we’ve had a problem.)」であった。酸素タンクの爆発により月面着陸は断念され、乗組員たちは月の周回軌道を経由して地球へ戻ることになった。ただし、地球への帰還は限られた電力(省電力モード)で行うことを余儀なくされた。再突入までのあいだ、月着陸船の生命維持装置と通信システムを維持するため、月着陸船の電力は最低レベルまで落とされた。このような状況下では、スピードマスターのような機械式デバイスが帰還を助ける重要な役割を果たすことになった。

1965年3月以降、オメガ スピードマスターは“NASAによるすべての有人宇宙ミッションの飛行認定”を受けている。この時計は有人月面探査の6回すべてで使用され、初めて月面に登場したのはアポロ11号のミッションであった。スワイガート氏が身につけていたとされるロレックス GMTマスターについてはあくまで憶測に過ぎないが、アポロ13号のミッションにおいてスピードマスターが重要な役割を果たしたことは間違いなさそうだ。NASAがクロノグラフの必要性を明確に指示していた点はさておき、ジム・ラヴェル氏の証言によれば帰還時の重要な操作のタイミングを計るうえで活躍したのはオメガであったことが確認されている。

生命維持装置と通信システムを維持するため、月着陸船はほぼ完全にパワーダウンした。しかし地球への帰還途中、正確に軌道を調整するべく2度の中間軌道修正が求められた。最後の制御燃焼では、エンジンを14秒間噴射し、その間クルーがカプセルの進行方向を正確に保つ必要があった。通常は自動制御で行う操作だが、この時は手動での対応が不可欠だったため、ラヴェルは“ガンサイト”を使い、十字線を地球の昼夜の境界線(ターミネーターライン)に合わせながら軌道を調整した。

「そう、あれが最後の燃焼だったんだ…やらなければいけなかったのは、正しい軌道に戻して安全に帰還することだった。まだ少し軌道がずれていたからね。指令船は完全に機能を失っていたから、生命維持のために月着陸船を救命ボートとして使った。そして軌道修正には月着陸船の着陸エンジンを使ったんだ。そのときに使ったのがオメガの時計で、月着陸船のエンジンを14秒間燃焼させるためのタイミングを計るために使用した。そのおかげで正しい軌道に戻して無事に着陸することができたんだ」

– ジム・ラヴェル(Jim Lovell)
 もし最後の制御燃焼が行われなければ、LM(月着陸船)は地球の大気圏を弾かれ、乗組員ごと宇宙空間に漂い続けていた可能性があった。このミッションでの貢献を評価され、スピードマスターはシルバー・スヌーピー賞を受賞した。この賞は人類の飛行安全やミッション成功に関連する顕著な成果を挙げた、NASAの職員や協力企業に贈られる栄誉である。オメガはこの受賞を記念して、特別版の時計を2回製作しており、2回目のモデルは今年(2015年)のバーゼルで初公開された。

ヒューストン滞在中、我々はNASAの施設を見学する機会にも恵まれた。アポロ13号ミッションにてフライトディレクターを務めたジーン・クランツ(Gene Kranz)氏とサポートチームが拠点とした、ミッションコントロールルームにも訪れることができたのだ。さらに新しい月面探査車のデザイン、訓練中の宇宙飛行士、そして人類を初めて火星へ運ぶ予定のオリオン・カプセルも見ることができた。ミッションコントロールタワーの下には、22のミッションごとに異なるパッチが付いたスピードマスターのコレクションが展示されている。1997年には、これら22本の時計(さらに1957年モデルを再現したものを加えた計23本)をセットにした特別なケースが、スピードマスターの50周年を記念して販売された。だがわずか50セットしか製作されなかったため、市場に出回ることはほとんどない。もし市場に流通したとしても、価格は8桁を優に超える高額で取引されるだろう。

滞在の締めくくりには、(ジェミニ9A号、アポロ10号、17号のクルーである)ユージン・サーナン(Gene Cernan)氏を含む宇宙飛行士たちとのディナーがあり、さらに俳優ジョージ・クルーニー(George Clooney)氏も短時間ながら顔を見せてくれた。今回の訪問で得た収穫は? スピードマスターがアメリカの宇宙計画の歴史において確固たる地位を占めているということだ。現行のスピードマスターについての詳細はオメガの公式ウェブサイトで確認でき、アポロ13号のミッションに関する情報はここからさらに深く知ることができる。

ゼニス クロノマスター オリジナル トリプルカレンダー、日本ではHEARST SHOPにて少数を販売中です。

ゼニスは、他に類を見ないブランドとして過去・現在・未来を見事に融合することができます。この「ゼニス クロノマスター オリジナル トリプルカレンダー リミテッドエディション フォー Hodinkee」は、エル・プリメロの遺産とクロノマスター オリジナルの驚異的な精度を讃えています。

現代的で実用性を備えたクロノグラフ

この時計は、エル・プリメロのオリジナルデザインが持つ力強さと多用途性を見事に引き継ぎつつ、モダンで精巧に仕上げられた実用的なクロノグラフを実現。直径38mm、厚さ14mmのステンレススティールケースに、ヴィンテージのエル・プリメロ(例えばA386)に使用されていたアクリル風防を思わせるサファイア製の風防が組み合わされています。

この時計の最大の特徴のひとつは、トリプルカレンダー機能を搭載しながらも、洗練された外観を維持している点。これは、曜日と月表示をクロノグラフのサブダイヤル上部に巧みに配置し、4時30分位置にはダイヤルと色調を合わせた日付表示を収めることで実現されています。

現在のコレクションに見られるブルーディスクとゴールドプレートのインデックスとは異なり、このモデルは特別に製作されたブラックムーンフェイズディスクとロジウムプレートのインデックスを採用し、モノクロのカラースキームを維持しています。また、通常はゴールドプレートのクロノグラフ針も、このモデルではホワイトに変更されており、クラシックなデザインの中で現代的なひねりを加えています。

トリプルカレンダー
トリプルカレンダーとムーンフェイズの複雑機構の追加により、このクロノマスター オリジナルは、ゼニスとのコラボレーションの中でも最も魅力に溢れたモデルとなりました。

ムーブメント
まず、この時計はトリプルカレンダー、またの名をコンプリートカレンダーと呼ばれる機構を搭載。このトリプルカレンダーは、シンプルなフルカレンダームーブメントにムーンフェイズ機能が追加されています。どの瞬間でも、曜日、日付、月、そして現在の月齢を簡単に確認ができ、必要であればクロノグラフの秒針が10秒ごとに文字盤を一周、つまり1分間に6回転することで、ゼニスの象徴である10分の1秒クロノグラフを体感できます。これほどの機能を備えながらも、このムーブメントのパワーリザーブは60時間と非常に優秀です。

裏蓋からクリアに視認できるこのムーブメントの最大の進化はその内部に。2024年初頭に発表されたゼニスの新しいエル・プリメロ キャリバー3610は、既存のエル・プリメロ3600に強化されたカレンダームーブメントを追加したものです。オリジナルのエル・プリメロと同様ハイビートとクロノグラフのコラムホイール設計を維持しながらも、現代の技術的な改良が施され、滑らかな動作と高い信頼性を実現しています。

コンプリートカレンダー
文字盤の裏側には、曜日、日付、月を表示するディスクと、ムーンフェイズディスクを配置。

エル・プリメロ キャリバー3610
ゼニスの堅牢なムーブメントは、コンプリートカレンダー機能を追加しつつ、エル・プリメロ特有の10分の1秒クロノグラフの動作を担保。

スペック
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メテオライト
ゼニスは、素材をテストする際に、過去――そう、遥か昔――に目を向けました。本機の3つのサブダイヤルには、スライスされたギベオン隕石が使用されています。この隕石は、約4.5億年前に火星と木星の間に位置する小惑星の溶融した核内で形成され、およそ3万年前に地球の大気圏に突入し、現在のナミビアに破片が降り注いだと考えられています。

ゼニスは、長年のパートナーである文字盤サプライヤーと協力して、この特別なダイヤルを調達・製作しています。スライスされた隕石の破片はその後CNC旋盤で精密にカットされて形を整えられます。各ピースは手作業で磨き上げられ、真鍮製のベースダイヤルと均一に仕上げられた後、インデックスやペイントが施されます。

ご想像通り、隕石は扱いが難しい素材。6時位置のサブダイヤルにはムーンフェイズの開口部があり、この部分は特に破損しやすいのです。製造過程での不良率は約20〜30%に達し、この複雑な素材から3つの完璧で小さなサブダイヤルを作り上げるために必要な技術と手仕上げの技量が垣間見えます。

ウィッドマンシュテッテン構造
ギベオン隕石には「ウィッドマンシュテッテン構造」と呼ばれる結晶化パターンが見られ、隕石の断面には独特のラインが刻まれています。この特有のパターンは、太陽系が形成された当初、溶融状態から極めてゆっくりと冷却された惑星体にのみ見られるものです。これは、約45億年前に太陽系が生まれた起源と、そこに込められた長い時間の営みを想起させる証といえるでしょう。

それぞれのサブダイヤルは唯一無二
隕石のスライスには、それぞれ独自の結晶構造が宿っており、同じサブダイヤルも、同じ時計もふたつと存在しません。

セリカがブランドの新たなラインナップとして、“パレード” Ref.1174という2種類のダイヤルバリエーションを発表した。

このモデルは同ブランド初となるシェイプウォッチ(特定の形状を持つ時計)である。ムーブメントにはほかのモデルにも採用されているソプロード製M100を搭載し、際立ったデザインと魅力的な価格設定を重視している。新作の価格はほかのシンプルなタイムオンリーウォッチよりやや高めの1490ユーロ(日本円で約24万円)だが、それでもコレクションに加える価値のある魅力的なモデルだ。

Serica Reference 1174 “Parade”
“パレード”という名前は、アメリカで一般的に思い浮かべるパレード(フロートや巨大な七面鳥型バルーンのようなもの)から取られたわけではない。むしろファッションショー、軍事式典、あるいは愛の儀式のように、人々が自身の最良かつ独自の姿を披露する場のイメージに由来している。このステンレススティール製ケースは、横35mm、縦41mm、厚さ8.6mmで、“スタジアム型”と呼ばれる独特の形状を採用している(これはブランド独自の用語だ)。さらに同じ“スタジアム型”のピンバックルを付属し、統一感を持たせている。またRef.1174というリファレンスは、ケースの幅と長さの比率(1:1.74)から名付けられており、セリカがこのモデルのために選んだバランスの取れたプロポーションを示す。ケースの仕上げは、フラットなヘアライン加工と磨き上げられたエッジが巧みに組み合わされている。また、片側にはリューズガードとしてふたつの小さなフランジが設けられ、それが反対側とのバランスを生み出している。この価格帯としては非常に満足度の高い仕上がりだ。

Serica Reference 1174 “Parade”
文字盤は、サテンブラックとサンレイ仕上げの真鍮製の2種類を用意。ダイヤルにはS字カーブを描いたギヨシェ風装飾が施され、サンレイ仕上げが美しく映えるデザインだ。さらに球体のような立体的なインデックスが配されているのも特徴的だ。針にはミラーポリッシュ仕上げが施されたドーム型のソードハンドを採用。ストラップはラグのない仕様で、幅18mmから14mmにテーパーしたデザインとなっている。この時計には秒針がないためほかのモデルのようにCOSC認定を受けることはできないが、重要なのはそこではない。この時計は日常とは少し違う、特別な感覚を手首に加えたいときに選べる時計なのだ。現在セリカの公式ウェブサイトにて1490ユーロ(日本円で約24万円)で販売中だ。

我々の考え
好むと好まざるとにかかわらず、現在はシェイプウォッチのルネサンス期にある。アノマやトレダノ&チャン、ファーラン・マリ、そしてほかにも多くのブランドが、近ごろさまざまな形状の時計を発表している。そして日々時計を見ている私にとって、それは新鮮さを取り戻すひとつの清涼剤のように感じられる。ファーラン・マリのディスコ・ヴォランテ同様、このモデルも形状に関しては比較的控えめな印象を与えるが、それでもセリカにとっては大きな挑戦といえる。当初は少し懐疑的だった。というのもセリカといえば精巧につくり上げられたツールウォッチという美学が強く結びついていたからだ。ただ見れば見るほど、その魅力が心に染み渡るようになった。

Serica Reference 1174 “Parade”
セリカのフィールドクロノメーターをまず手に取るだろうという気持ちは変わらないものの、このモデルも楽しい選択肢であり、細部まで考え抜かれたデザインが光る1本だ。デザインはどこかパテック フィリップのエリプスをほうふつとさせる部分があり、ケースの側面にある“耳”のようなディテールにはノーチラスの雰囲気も感じられる。しかし、特にブラックダイヤルは写真で見る限り非常に魅力的だ。曲線的なサンレイ仕上げのギヨシェ風パターン(実際にはスタンプ加工によるもの)、ドーム型の針、そしてポリッシュ仕上げには、細部へのこだわりが見て取れる。セリカが引き続き価格以上の価値を提供していることがうかがえる。装着感もよさそうだが、実際に手に取って確認してみたいと思う。

Serica Reference 1174 “Parade”
基本情報
ブランド: セリカ(Serica)
モデル名: パレード(Parade)
型番: 1174

直径: 35mm×41mm
厚さ: 8.6mm
ケース素材: ステンレススティール
文字盤: サテンブラックまたはサンレイ仕上げの真鍮製、S字カーブのギヨシェ風装飾とサンレイ仕上げ、鏡面仕上げのドーム型針
インデックス: 球体型
夜光: なし
防水性能: 100m
ストラップ/ブレスレット: グレイン加工のカーフレザーストラップ(幅18mmから14mmにテーパー)、SS製“スタジアム”型ピンバックル付属